「可能性」に意味はない、「蓋然性」で語れ。【戯言】

戯言

可能性」という言葉、よくよく考えると意味がない
ニュアンスだけで使われ続けている過大評価ワードだ。

1.「可能性がある」

たとえば「失敗する可能性がある」のような言い回しは基本的に意味がない。多くの場合、何にでも失敗する可能性はあるからだ。

「可能性がある」という言い回しで明確に特定できているのは、「確率が0%かそれ以外か」ということだけ。白か黒か、0か1か。それを知ってどうする。重要なのはその「失敗する確率がどれくらいあるのか」のほうであることのほうが多い。

つまり、「可能性がある」という言い回しは、

①「確率が0%かそれ以外か」という情報を伝えたいとき
②語感やユーモア等、表現としてあえて「〇〇の可能性がある」と言いたいとき

この2パターンでのみ「可能性がある」という言い回しをする意味がある。

2.「可能性が高い」

たとえば「明日は雨の可能性が高い」という言い回しがあったとする。先述の通り、「可能性」があらわすのは「確率が0%かそれ以外か」なので、「可能性が高い」という言い回しはそもそも存在し得ない

ただしかし、「可能性が高い」と言いたくなるのもわかる。なぜなら「明日は雨の可能性がある」という情報には意味がないから。「明日の雨の確率がどれくらいか」という確率こそが重要なのだから。

3.「蓋然性」の導入

ここまでで2点確認した。

1.「可能性がある」という言い回しには「確率/確からしさがどれくらいか」が含まれない
2.「可能性が高い」という言い回しは存在し得ない

そして、これらすべての問題を解決する用語が「蓋然性(がいぜんせい)」だ。

デジタル大辞泉 「蓋然性」の意味・読み・例文・類語
がいぜん‐せい【蓋然性】
ある事柄が起こる確実性や、ある事柄が真実として認められる確実性の度合い。確からしさ。これを数量化したものが確率。「蓋然性の乏しい推測」(コトバンク

精選版 日本国語大辞典 「蓋然性」の意味・読み・例文・類語
がいぜん‐せい【蓋然性】
〘 名詞 〙 何事かが起こり得る確実性の度合。また、判断などが、多分そうだろうという可能性の程度。確率。公算。〔哲学字彙(1881)〕(コトバンク

蓋然性が高い」、これですべて解決する。

可能性が高い」という言い回しが人口に膾炙している現在、別に今更その言い回しは誤用だとか言うつもりはまったくないが、もともと「蓋然性」というぴったりの言葉があるんだから、気づいた人から「蓋然性」を使っていくのは良いんじゃないか? とは思う。

この記事がバズる「可能性」はあるが、その「蓋然性」は限りなく低い。

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